常日ごろ、鉄道を利用する時にみかけたり、鉄道とは無縁そうなものが実は阪急電鉄から生み出されていたことがある。今回は、そんな「初」を三つ紹介する。

自動改札機


都会の駅には必ずと言ってもよい程当たり前の存在である、自動改札機。
そんな自動改札機が「世界」で初めて導入されたのが阪急電鉄である。
初めて設置されたのは阪急千里線の北千里駅。1967年のことである。
そのため北千里駅、駅構内にはIEEEマイルストーンという、銘板が併設されている。

阪急梅田駅の自動改札機

ローン


家屋を購入する手段としてメジャーなのが「ローン制度」であるが、これを初めて考えたのが阪急電車の前身にあたる、箕面有馬電気軌道の初代社長、小林一三である。
当時、宝塚線を開業するにあたって、問題の一つであったのが「沿線人口の少なさ」である。
今では大阪市のベッドタウンとして栄えている池田や豊中であるが、当時は小さな農村が点在するだけの土地であった。
そのため、まとまった乗客の数が居らず採算が見込めなかったのである。しかし小林一三は工夫をした。
土地を買収し、沿線にを住宅を建ててそれを販売するという、宅地開発を行ったのである。

阪急電鉄が宅地販売をした、池田室町にある呉服神社。 from wikipedia


ちなみに、この宅地開発を行ったのも小林一三、箕面有馬電気軌道が初である。
住宅を建てたは良いもののこの時代、持ち家がある者は資産家などの富裕層のみで、庶民には手が届かない代物であった。
そのために考え出されたのが、「ローン」である。
頭金として価格の2割を払い、あとは月賦として10年間で残りの8割を払うといったもの。
また、郊外では石油ランプが電灯の主流であったこの時代に、珍しく電灯を取り付け、坪数も約100坪の一戸建てという大盤振る舞いで初回の「池田室町住宅」は売り出してすぐに完売し、成功を収めた。
また、次の豊中や桜井での売り出しも好調で、ローン制度が広く伝わったのもこの成功例があったためであると思われる。

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百貨店


ほとんどのターミナル駅にはあるであろう、鉄道会社が運営の百貨店。
これも阪急電鉄、小林一三によって生み出されたものである。
当時、利用客数が約12万人を誇っていた梅田駅に、百貨店を造ってみてはどうだろうかという小林一三のもと、阪急百貨店がオープンした。また、経営理念も、薄利多売をするのではなく自らの保有する設備のみで製造した商品のみを販売するというものが置かれた。

阪急百貨店三番街