おそらく、東北本線から三陸方面に連絡する路線としては唯一まともに輸送の使命を果たしているのがこの釜石線でしょう。山田線・大船渡線に負けず劣らずのネタが豊富な路線ですのでその点もご紹介していきます。一部の画像はWikiからの転載を使用しております。

イーハトーヴォを走る路線

釜石線は、東北本線花巻駅から新花巻・遠野を経由し、仙人峠を越えて釜石へと向かうJRの路線です。一日に数本が東北本線盛岡方面に乗り入れており、そのうちの三往復のはまゆり号は、東日本の非電化路線では珍しく指定席車両を連結した定期列車となっています。後述の沿線出身の有名人、宮沢賢治にあやかって釜石線各駅の愛称に彼の作品でよく出てくるエスペラント語の単語がつけられています。釜石線も同氏の作品よく出演しており、特に著名な「銀河鉄道の夜」はよく知られており、土休日になると専用の蒸気機関車、C58239を用いた運転されるSL銀河号の由来ともなっています。釜石駅近辺に製鉄所もあることからかつてはそこからの貨客輸送でにぎわっていました。

こればかりは仕方がない、急こう配だからね

実は今現在の釜石線の形になったのは1950年と比較的遅く、それまでは花巻から仙人峠、陸中大橋から釜石まで分断されており、しかも肝心のミッシングリンク区間は、国鉄史上唯一の索道(ロープウェイ)区間として営業していました。いかに同区間が険しい難所だったかがよくわかります。結局一本の路線としてつながるのですが、一旦上有住駅を経由して甲子川沿いに北側へと大きく迂回して同区間を下る、いわゆるΩループの形でようやく全通へとこぎつけたほどです。別に我田引鉄とかそういうことではありません。こうしてようやく釜石まで名実ともに全通した釜石線は、すでに釜石まで開通していた山田線と共に三陸連絡路線としての役割を果たしていきます。

宮沢賢治と釜石線

宮沢賢治は、丁度この路線が岩手軽便鉄道と呼ばれていたころに生まれた著名な童話作家です。「銀河鉄道の夜」「シグナルとシグナレス」等同氏の作品にも釜石線や周辺路線がモデルとなって出演しています。同氏の死後、彼の作品にあやかって釜石線には「銀河ドリームライン」という名前が付けられ、各駅に同氏が良く使っていた国際補助原語の一つ、エスペラント語の愛称が付けられました。かつて同線を中心に運用されていたキハ58を改造したジョイフルトレイン、Kenjiも宮沢賢治の名前から来ています。ちなみにこの列車こそがJRで最後まで営業運転していた純粋なキハ58系列の車両でもあります。

この車両、Kenjiになる前までになかなか壮絶な過去があったらしい

地震ニモマケズ津波ニモマケズ

岩手県から三陸方面へと走るローカル線なので当然2011年3月11日の東日本大震災で被災します。ですが釜石以外比較的山側を走る路線だったこともあって被害は軽度で済み、一か月後には既に全線で運行再開をしています。既に一部区間のみ復旧していた三陸鉄道と合わせて人員や物資の輸送に徹し、震災復興に一役買いました。しかし、釜石駅で接続していた山田線は甚大な被害を受け、長期運休を余儀なくされます。そして結局釜石駅から山田駅の区間はJRとしては復旧せず、三陸鉄道が引き受ける形で復旧。三陸鉄道は一つの路線に結ばれたものの、これで釜石線は同じく震災の影響で気仙沼まで縮んだ大船渡線と同じく実質的な盲腸線となってしまうのです。

三陸鉄道移管に向けて改良中の山田線釜石駅ホーム

北海道から来た珍客…車?

さて、震災から2年ほどたった2013年、被災した地域の復興促進と釜石線の観光需要を増加させるため、東日本は来年度から釜石線でのSL列車、「SL銀河」の運行を決断しました。前にも何度か季節限定でSL列車の運行があったものの、今回は同線専属の機関車を新しく導入したうえでの運行となるため、ほぼオールシーズンの土休日運転列車として運行されます。ですが、ここで一つ問題が生じます。仙人峠区間です。前までのSL列車は高馬力の高崎のD51を借りて運行していたので問題なかったのですが、今回導入するSLはD51とは別の形式、C58239号機。D51よりも少々非力なため、仙人峠を下ることはできても上ることはできません。補機のディーゼル機関車を付けるにしてもその分コストがかかるので割に合いません。

SL銀河に使われているC58 239号機

そこで東日本は、客車と補機を兼ねる動力客車の導入を検討します。要はモーター付きの客車で、仙人峠通過時に機関車と強調運転してもらおうというのです。そんな特殊も特殊な条件に当てはまる車両がある訳…あったんです。

実は50系時代よりもキハ141系列時代の方が長かったりする

キハ141系列。JR北海道で運用されている気動車で、かつて大量に余っていた50系客車を改造してロールアウトしたという特殊な経歴を持ちます。ちょうど同時期に主な運用線区だった札沼線の一部電化により、キハ40と共に追い出されて余剰となっていた頃でした。客車としても気動車としても実績を持つこの車両を東日本が見逃すはずもなく、2013年までにJR北海道から4両ほど購入。郡山工場で機関車と協調運転するための改造を受けたうえで、晴れて2014年度からSL銀河の動力付き客車として運用を開始します。世界でも稀な、機関車と客車が協調運転する列車がここに誕生したのでした。

基本は協調運転だが、単独でも運転できるらしい

そして、本格運行に先立ち、フジテレビの企画としてSL銀河の車両を用いた団体臨時列車みちのくSLギャラクシーが釜石線釜石駅から東北本線を下って東京都の上野駅まで運行されました。上野駅は勿論のこと、東京都にSL自体、数十年ぶりの入線でしたので周囲は大いに盛り上がっていたのを筆者はよく覚えています。華々しいお披露目を終えた後、盛岡に戻ったSL銀河は土休日を中心に釜石線の顔として走り続け、現在に至ります。

三陸快速最後の希望、はまゆり

さて、釜石線にはもう一つのエース列車が存在します。その名は快速はまゆり号。今現在JR東日本の定期気動車列車では唯一の指定席車両付きの列車となっています。国鉄時代から民営化後数年はまでは快速ではなく、急行陸中という名前でした。山田線で走っている快速リアスと兄弟の関係にあり、かつては一つの同じ列車で盛岡から釜石線・山田線経由で盛岡へと戻るいわゆる循環急行の類でした。快速リアスには普通列車と兼用のキハ100が使われますが、この快速はまゆり号は指定席を連結している関係上、リクライニングシートを装備したキハ110が使われています。

快速はまゆり指定席車のリクライニングシート。どこか国鉄の意匠が残る

東日各地の非電化路線で使用されているキハ110が一番最初に導入された線区がこの釜石線です。急行に使用するための専用車、いわゆる急行型として開発されましたが、快速格下げ後も指定席車には必ずこの車両が連結されています。ごくたまに自由席車両にも充当されることがあるようです。どれが来るかは運次第なので必ずリクライニングシートに座りたいならおとなしく指定席料金を払いましょう。

キハ110セカンドナンバー車。

かつて三陸へと向かう列車は快速はまゆり号だけではなく、山田線の快速リアスや、大船渡線のスーパードラゴン、そして気仙沼線の快速南三陸号が各方面へと三陸を結び、これらを合わせて三陸快速四天王と呼ばれていましたが、東日本大震災で状況は大きく変わりました。大船渡線・気仙沼線は甚大な被害を受けBRTに転換する形で部分廃止となり、まず南三陸号とスーパードラゴンが消えました。残ったのははまゆりとリアスだけですが、山田線は並行する国道106号線のバイパス開通とそれに伴う県北バスのダイヤ改正で少ないお客をごっそり取られてもはや瀕死状態です。

もうだめだぁ…おしまいだぁ…!

三陸快速四天王の中で唯一まともに輸送をしているのは今やこの快速はまゆりだけとなっています。並行するバス路線もあるにはあるのですがまだ道路状況が改善されていないのと釜石線が比較的線形がいいことから速達性でも料金でも今のところは勝っています。ですがいつ並行道路のバイパス道路がつくられてもおかしくない昨今の状況では決して楽観視はできません。そしてキハ110自体もう間もなく30年選手と置き換えの時期を迎えています。はまゆり号こそが三陸快速最後の希望。はたしていざ置き換えとなったときに指定席の設定は継続されるのか、そもそも快速として残るのか?今後の動向に注目です。

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三陸鉄道も忘れないでくれよな!