中部地方の中心駅、JR名古屋駅には各方面に向かう列車がひっきりなしに発着します。岡崎・豊橋方面と一宮・岐阜方面に向かう東海道本線。金山から分岐して多治見、中津川方面に向かう中央本線。どれも日本の大動脈を担う幹線でほぼ一日中沢山の乗客を運んでいます。

ついに二両になったんだってぇ?

ところが、新幹線ホームのすぐ隣、12番線・13番線から発着する関西本線はいつ見てもお客がまばらです。ラッシュアワーこそ満員に近くはなるものの、ロングシート4両編成で事足りる場合がほとんどですし、そもそも同路線に5両編成以上の列車が運転されることは滅多にありません。日中なんて酷いものでクロスシート二両編成でも空席が目立つくらいスカスカなのです。とても中京の大都会名古屋発着の路線とは思えません。

コロナ禍前からスッカスカ

名古屋駅でどこか異次元の雰囲気を漂わせる関西本線。一体どうしてこのようなネタ枠路線になってしまったのでしょうか?

昔は私鉄、名阪間の最短路線

関西本線は愛知県の名古屋駅から桑名、四日市を通り、亀山、加茂、奈良を経由して大阪府の天王寺駅に向かう路線です。亀山駅から西の区間はJR西日本の管轄となっていますがそのうち亀山ー加茂間は非電化区間となっております。地理上名古屋ー大阪間を結ぶJR路線としては一番の最短ルートを経由しますが、全区間を直通する列車は設定されていません。

ICOCA導入と共にリニューアルしたそうな

この路線、当初は関西鉄道という私鉄の路線として営業していました。もとはと言えば官営の東海道本線が、本来東海道として通るべきはずなのに勾配がきつくなるという理由で避けられた三重県、滋賀県の都市を同路線につなぐためにこの路線が建設されたのです。この関西鉄道は関西本線に接続する周辺の路線建設にも深くかかわっており、大阪環状線もその一つに含まれています。

草津線も勿論関西鉄道出身だぜ!

私鉄時代は東海道線と名阪間で血で血を洗う熾烈な乗客争いをしていたそうで、こちらが値下げしたら翌日あちらも値下げし、翌々日はこちらがさらに値下げするというのが日常茶飯事でそんなことやっていたらいつの間にか往復運賃が片道運賃よりも安くなっていたという伝説も語り継がれるほど激しいサービス合戦をしていたそうです。

しかしそれも日露戦争が始まるころには鳴りを潜め、開戦二年後に公布された鉄道国有法によって関西本線とその他の路線は国有化されました。ですが、そんなことしているうちに新たなライバルが出現します。その名も…

切っても切れない因縁!近畿日本鉄道

大阪電気軌道。のちに参宮急行電鉄と合併して関西急行鉄道と名を変え、そして日本で一番大きな路線網を抱えることになる今日の近畿日本鉄道の母体組織です。関西本線が国有化された直後に現れたこの会社は、今の近鉄奈良線にあたる路線の建設を皮切りとして、関西本線に宣戦布告でもするのかと言わんばかりに並行路線を合併路線も含めて開設していきます。

そしてあれよあれよと昭和13年、ついに名古屋と大阪(上本町)が再び一本の私鉄で結ばれました。ですが名古屋線と大阪線は当時線路の幅が違うため物理的には直通できず、どうしても接続駅の伊勢中川駅で乗り換えを挟まなければなりませんでした。加えて当時の名古屋線にはまだ単線も多く、近郊輸送はまだしも長距離輸送はまるで勝ち目がありませんでした。今と全く真逆です。

鳥羽線もかつては狭軌だった

一方当の国鉄は名阪間の主な輸送を東海道線に任せているので関西本線はあくまでもそのバイパス的な位置づけとしていましたが、乗り換えを挟むとはいえさすがに並行私鉄を無視できなくなったので、同線に準急かすが等の優等列車を走らせ、それに合わせて当時としては早い段階で気動車を導入するなどして私鉄と競合しました。戦後もそのまま推移していくのですが、近鉄、関西本線にとって大きな天気…ではなく転機が訪れるのです。

西高東低、見捨てられた名古屋口

伊勢湾台風。1959年9月に東海地方を襲った戦後史上最大の台風は近鉄や関西本線に大きな被害をもたらしました。ですがこれを名古屋線改軌の好機ととらえた時の近鉄の社長は、復旧と同時に名古屋線を改軌の上複線化するという大英断を下します。近鉄の社員を総動員したこの工事はなんと被災から二か月で完了し、12月にはついに名阪間が名実ともに一本のレールで結ばれることになりました。

中川短絡線付近を走る

遅れて関西本線も年内に復旧しますが、この時すでに名阪間の需要は近鉄に取って代わられていました。それに加えて同じ国鉄の東海道本線も電化が完了し、ダメ押しとばかりに東海道新幹線も新大阪まで開通して完全に名阪間輸送の第一線からは除かれてしまったのです。頼みの綱の近郊輸送も営業エリアがちょっとだけ違う為そこそこ儲かっていた大阪口以外はすべて近鉄が掻っ攫って行ってしまうのでまったく伸びません。これらの理由もあって名阪間の路線の中では一番電化が遅れ、1970年代になってようやく大阪口が電化し、その10年後に名古屋口も電化します。しかし加茂から亀山の間は結局電化せず、そのまま今に至っています。

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一矢報いろ!民営化後の反撃

もはや見捨てられていたも同然、義務感で残されていた関西本線ですが、民営化後それぞれの会社によってテコ入れが図られて逆襲へと転じます。西日本の電化区間では奈良から天王寺を走りぬき、そのまま大阪環状線に乗り入れる大和路快速を新設。このためにわざわざ新車を入れてまでアピールする当たり西日本の本気度がうかがえます。

創設以来ずっと大和路快速の運用に就いている221系

そしてそれに続いてJR東海も関西本線を改良。信号場や駅を増設したうえで、途中の桑名・四日市止まりの普通列車を増発。さらには河原田から分岐する第三セクター鉄道、伊勢鉄道を経由して津駅から松阪・伊勢市方面へと向かう特急並みの速さを誇る韋駄天快速みえ号を設定。やはり専用の新型気動車が充てられています。新幹線ホームから一番近いこともあって、利用率はそこそこ好調。伊勢神宮等の伊勢志摩方面に向かう際には快速みえで向かったほうが近鉄より最短です。

カミンズエンジンなめんじゃねぇ!

元々線形が良く、運賃も安かったので全部までとは言えなくともラッシュアワー時にはそこそこ混雑するほどには利用率は回復しました。そして亀山方面にも快速や区間快速が設定され、西日本非電化区間との接続も改善したおかげで亀山以西の需要も取り込むことに成功します。どうにかこうにかでなんとか近鉄とタイマン張れるくらい息を吹き返した関西本線ですが・・・

複線化すれば近鉄なんか・・・!

国鉄末期時代よりかはマシになったとはいえ、いまだ最大量数が5両もいかず、さらにはほとんどの区間が単線というのはいくら何でも不便すぎます。信号場を増発したのはいいもののそのキャパシティを上回る形で増発をしてしまったので下りはよくても上りはいつも退避待ちで待たされることがほとんど。時刻表では通過と書いてありますが快速や特急列車、そして貨物列車も容赦なく止めるので大嘘もいい所です。どうせ止まるのだとわかっていたらいっそ普通列車に乗っていた方がストレスがないかもしれません。

せめて伊勢鉄道の区間を複線化してくれよ

伊勢鉄道区間も含め、複線化のための用地は車窓を見る限りほぼほぼ取得しているのですが、これ以上改良しても近鉄から客は奪えないと判断したのか利用者が必死に訴えても手を加えず放置したまま、なんともったいないことでしょうか。大阪口はついに大和路快速が8両固定編成になるくらいの大躍進を遂げたのです、名古屋口も仮に四日市まで取得済みの用地をすべて複線化したら関西本線は近鉄をしのぐ大幹線に返り咲く事が出来るはずです。快速みえ号や特急南紀の高速化にもつながるので是非ともJR東海には眠れる獅子、関西本線の複線化をお願いしたいところです。

しかしそのためには何より関西本線を利用し、JRに重要性を認知してもらうことが不可欠です。四日市や桑名から名古屋方面に移動する際、たまには関西本線を使ってみるのもいかがでしょうか。

…でもやっぱりどんなに近郊利用したところで長距離利用には勝てないんです…