この記事は「四国2000系ー非電化幹線の革命児ー」のリライト版となっております。

四国2000系。JR四国の特急型気動車で、世界初の振り子式量産気動車でもあります。この形式の登場は、日本の非電化幹線高速化に大きく貢献する歴史的な出来事となりました。この記事では鉄道史に名を残すほどの偉業を達成した四国2000系と、その形式から派生した車体傾斜式車両についてお話しします。

Tiltー車体傾斜式とはー

まず、振り子式を含めた車体傾斜式車両というのは、車両が曲線を通過する際に発生する遠心力を打ち消すため車体を曲線の内側に傾けて走行する車両の事を言います。この方式自体は割と昔から日本を含め海外でも盛んに研究されており、当の国鉄も1973年には日本初の振り子特急、381系の量産に成功しています。無論電車だけでなく、気動車にも搭載できるように開発が進んでいましたが…

最初の振り子特急にして最後の国鉄型特急

電車と違って気動車は駆動方式の仕組みが違います。そのためエンジンから台車へ動力を伝えるとその反作用として車体に回転力がかかのです。そこへ振り子を搭載でもすれば脱線のリスクを高めるだけですので実用化は至難の業でした。ガスタービン方式ならかなり特殊な方法を用いれば実現が可能なのですが、そもそものガスタービンが高コストなのと、オイルショックによる原油高騰の影響もあって結局試験車がつくられた程度で実用化は叶いませんでした。

そして当の国鉄が田中角栄の好き放題のツケで財政難だったこともあり、車体傾斜式の研究は国鉄民営化まで下火になります。国鉄が民営化された後、最初に振り子車両開発に手を付けたのは、なんとあのJR四国でした。

Birthー高速道路への対抗策ー

民営化直後のJR四国は、翌年に道路、鉄道共用の瀬戸大橋を通る本四備讃線の開業を控えており、同線開通効果で鉄道利用者の増加が見込まれていましたが、同時にそれは四国内の高速道路の整備がさらに進展することを意味していました。そのため予讃線・土讃線・高徳線の高速化が喫緊の課題であり、国鉄末期には新型車両キハ185系などを導入して高速化や国鉄からのイメージアップに努めていました。

時期、形式名、運用目的すべてが東日本185系と重なるキハ185系

しかし四国の幹線は急カーブが多く、どんなにカント(列車が曲線を通りやすくするために線路につける傾斜の事)を付けても減速せざるを得ない上、特に土讃線などはそれに加え急勾配までセットでついてくるのですから遅いことこの上ありません。当時四国内の特急に使用されていたキハ181系やキハ185系のエンジンは十分強力でしたが、やはりカーブも高速で曲がれて、かつ急こう配を高速で通過できる大出力エンジンの車両が欲しい所です。そこで、JR四国は鉄道総研と共同で社運をかけて振り子式車両、四国2000系の開発に取り掛かったのです。

Wikiより転載。

当然上記の通り反作用問題にぶち当たりましたが、エンジンをもう一基設置してお互いの回転力を打ち消しあうというなんともコロンブスの卵的な解決方法で難なく解消しました。エンジン出力も上がったので一石二鳥です。そしてついに平成元年にTSEのコードネームを与えられた、2000系の試作編成がロールアウトするのですが、JR四国は発足当初から厳しい財政状況が見込まれていた為、もし量産化に失敗したときのことも考えてバブル真っただ中のこの時期流行っていたジョイフルトレインに転用できるような設備も搭載していたそうです。結局ただの杞憂に終わったのですが。こうして、世界初の振り子式特急型気動車、四国2000系が誕生したのです。

いまでは主に宇和海・あしずりなどの高知・松山ローカル特急運用に就いている

そしてTSE一年間のテスト運用を経た後に、2000系は本格的な量産体制に移行し、土讃線特急南風・しまんと、予讃線特急しおかぜのほとんどの便を担当するようになります。これにより、各線の急曲線区間の大幅なスピードアップが達成されました。数年後に開業した土佐くろしお鉄道もこの2000系を4両ほど購入。ほどなくして同鉄道宿毛ー窪川間とJR土讃線の相互直通運転が開始されました。第三セクターとJRが相互直通で特急列車を走らせる事例は日本初です。瀬戸大橋開業ブームも手伝って担当列車は常に増結と大盛況、四国2000系は新しい四国特急の顔として人々に知れ渡るようになりました。そしてこの成功が、日本の非電化幹線特急の歴史を大きく変える転換点になるのです。

じつはごめん・なはり線にもたまに臨時で来るんだぜ

Boomー振り子車ブームの到来ー

四国2000系の成功を聞きつけ、ほかの鉄道会社でも同じ方式を採用した車両を導入する事例が出てきました。振り子車ブームの到来です。その中でも2000系の遺伝子を色濃く受け継いだ他社車両を三つほどご紹介します。

キハ281系(JR北海道)

北の青い弾丸とはこいつのことだ

四国2000系の成功は、同じく主要幹線の高速化を進めていたJR北海道にとっても大きな出来事でした。ちょうど同じころに函館本線・室蘭本線の高速化事業に着手していた同社は、高速化に合わせて同形式の機構を基にした振り子式車両を開発・導入することにします。それがこのキハ281系です。四国2000系とほぼ同じシステムですが、北海道の過酷な環境に対応させるため独自の耐寒・着雪対策がなされています。また、日本で初めて最高速度130キロで運転した特急気動車でもあり、一時期は表定速度日本最速の特急列車として君臨していたこともありました。このキハ281系で培われた技術をもとに、北海道はキハ283系、キハ261系等の数々の名車を生み出していくことになります。

HOT7000系(智頭急行)

心なしかキハ281系と似ているような…

1994年、関西と鳥取を短絡する路線として智頭急行が開業しました。それと同時に運転開始する特急スーパーはくと専用車として導入されたのがこの形式です。最高速度が130キロであることと、運転台の形状、一両当たりのドアの数を除けばほぼ四国2000系の兄弟みたいなものです。エンジンの改良によって同形式よりも若干出力がアップしており、京阪神と鳥取・倉吉を3時間台で結んでいます。この形式に使われた技術はのちに四国に逆輸入され、改良型、N2000系への開発へとつながります。

キハ187系(JR西日本)

やっぱりいなば、100キロ出しても大、丈、夫!

智頭急行開通から7年後、JR西日本が山陰本線鳥取ー益田間の高速化に合わせて新設された特急スーパーくにびき(まつかぜ)、スーパーおきに導入した形式です。あからさまにデザイン料をケチってるからシンプルな顔とJR西日本の電車・気動車共通の制御方式に変更されている以外は四国2000系とうり二つです。2年後には岡山と鳥取を智頭急行経由で結ぶ特急スーパーいなばにも導入されました。この形式の開発にあたって、西日本は四国から2000系を借りて芸備線・湖西線などで試運転したデータを参考にしています。定期運用の一つ、新山口から津和野・益田を抜けて出雲市、米子、鳥取に向かう特急スーパーおきは、新山口から鳥取駅まで日本で二番目に長い距離を走る気動車特急としても知られています。(ちなみに第一位は北海道の特急宗谷)

予讃線特急に使われる8000系特急電車も四国2000系ベースのシステムである。

この三つの形式からでも、四国2000系の影響がどれだけ凄まじいものかよくわかると思います。もちろんこの影響は特急電車にも改革をもたらします。有名なものとしては東日本の中央線特急スーパーあずさとして導入されたE351系や、東海の同じく中央線特急ワイドビューしなのに導入された381系の後継車383系、そしてJR九州の特急ソニック・にちりんに導入された883系、これは交流電車では初めて車体傾斜装置を搭載したものとなります。四国も当然予讃線電化の際に特急しおかぜ・いしづち用に同様の機構を備えた四国8000系を導入しています。

すまねぇ、これしか写真がないんだ・・・

文字通り日本全国にその影響力をとどろかせた四国2000系。一時期東京から新山口まで振り子特急だけで横断できたと言われるくらい普及した振り子式ですが、その後は四国を含め鳴かず飛ばずでした。なぜそうなったかというと…

Costー振り子は金食い虫ー

この振り子式を含め、車体傾斜式車両はとにかくコストがかかります。普通の車両とは違う専用の台車を履いている為、メンテナンスの際には現場はかなり苦労したという声が上がっているのも事実です。また、振り子式車両を導入したからと言ってそのまま走らせても意味がありません。軌道の強化やカーブの修正、電化区間に至っては架線の張り方まで変えなければならないのです。これが東日本や東海、西日本などの一定の収益が担保されている鉄道会社ならまだしも、北海道や四国などの財政状況が厳しい会社だとまさしく社運をかけたプロジェクトになるのです。万が一失敗したら損害額は計り知れません。

Wikiより転載

事実、JR北海道は社運を賭けたハイブリッド振り子車両、キハ285系の試運転を目前にして、度重なる不祥事と来る北海道新幹線への開通に向けて限られたリソースを割くために会社の方針を速度向上から安全を重視する方針へと変更。同形式はよりにもよって試運転前に廃車が決定するという悲惨な末路をたどります。この件で北海道は4億円もの資金をどぶに捨てた格好になりました。それだけ車体傾斜式の開発というのは金がかかるのです。一時期は流行った振り子式車両ですが、こういった理由もあって、西日本のキハ187を最後に振り子式気動車はしばらく製造されなくなります。四国でも高徳線に導入されたN2000系を最後に電車・気動車を一般形も含めてしばらく新車を導入しませんでした。

明石海峡大橋対策のために導入されたN2000系。肝心の対抗は…

2000年代を境に、四国を含め、JR各社は振り子よりもコストを抑えた車体傾斜式車両の開発に取り組んでいきます。

Airー空気ばね式の台頭ー

少し時を戻しましょう。

別に振り子に頼らなくても車体さえ傾けばよい、そう考えたJR北海道と川崎重工は振り子とは別の車体傾斜方式を開発します。その名は空気ばね式。別名簡易振り子と呼ばれる形式です。台車に搭載されている空気ばね内の圧力を捜査して曲線を通過する形式です。大量の空気を送り込むための大出力コンプレッサーが必要だったり、傾斜のタイミングがシビアというデメリットはあるのですが、台車が従来車とそこまで変わりないものを使用できるうえ、路線設備をそこまで改良しなくても走行可能というお財布にやさしい構造となっています。

これJR北海道保有じゃないらしいのよ

まず北海道はこの方式をキハ150系での実験やキハ201系気動車で試験的な導入から得られたフィードバックを基に開発したキハ261系を旭川ー名寄までの高速化工事が完了した宗谷本線に導入。同区間の高速化工事によって札幌と稚内を5時間切りで結ぶという韋駄天な走りっぷりを見せつけました。既存の設備にかける投資を最小限に抑えられつつ高速化もできるこの方式はすぐにJR各社に広がります。特に2007年のN700系以降のJR各社の新幹線もこの空気ばね式車体傾斜装置をほぼ全車に導入し、大幅なスピードアップに貢献しています。それだけにとどまらず、一部の大手私鉄もこの方式を採用しており、特筆すべきは小田急電鉄の50000系電車(VSE)で、日本唯一の車体傾斜装置を搭載した連接車となっています。

現時点で小田急最後の連接車だってさ

空気ばね式の波は勿論元祖振り子王国の四国にも到達しました。予讃線が伊予市まで電化された後もたまに特急いしづち・しおかぜ運用に入っていた2000系を置き換える名目で、8000系に次ぐ特急電車、そして四国自身久々の新車となる8600系の導入を決定します。四国初の空気ばね式車両です。北海道とは別の意味で財務状況が火の車だった四国にとって、高速化とコストカットを両立できる空気ばね式はとても魅力的に見えたことでしょう。

南海ラピートに似たようなデザインセンスを感じる

そしてついに四国は2000系を置き換えるため、8600系をモデルにした空気ばね式特急気動車、2600系の導入を決定します。8000系と共に四国のエース特急として活躍していた2000系に、ついに余命宣告が下ったのです。そしてそれは、四国の振り子式気動車の歴史の終止符をも意味していました。そしてついに2017年に、2600系の試作2編成が高徳線の特急うずしおに導入されたのです。土讃線特急にも導入され、2000系が引退するのはもはや秒読み段階、と誰もが思っていましたが、土讃線での試験走行で得られたデータから、四国は大きな誤算に気づいたのです。

Rebirthー振り子式の復活ー

ここで一旦、空気ばね式のデメリットについておさらいしましょう、一つは、空気ばねに送る圧縮空気を発生させる大容量コンプレッサーが必ず必要なこと、もう一つは、傾斜のタイミングがシビアなこと。後者は流石に勝手知ったるなんとやら。四国にとって土讃線のカーブは親の顔より見たカーブですのでタイミングの調整はすぐにできます。しかし、問題は前者にありました。

2600系はよくよく狙えば必ず乗れるから頑張ろう

空気ばね式の車両が山間部などの急カーブ区間を走るときは、空気ばね同士での空気移動では傾斜がとても間に合いません。そのために瞬時に空気を送り込むコンプレッサーを積む必要があるのですが、土讃線の急カーブは想定よりも大量に空気を使用しました。通常よりも大出力のコンプレッサー、大容量の空気タンクを積んだにも関わらずです。この誤算は、土讃線の線形がどれだけ厳しいものかということを四国が改めて思い知った出来事となりました。

今では次世代四国特急のエース、四国2700系

この結果を踏まえて、四国は計画を一部変更します。新型車両を導入するという基本方針はそのままに、その新型車両に空気ばね式ではなく2000系と同じ振り子式を採用すると発表したのです。最後の振り子式気動車の製造からほぼ20年ぶりのブランクを経て、発祥の地である四国で蘇るとは因果なものです。そして時は流れて2019年、新世代の振り子式気動車2700系が四国で運用を開始したのです。奇しくもこの年は2000系TSE編成がデビューしてからちょうど30年目となる年でした。

Legendー伝説は死なずー

かくして、新型車両2700系の増備が開始され、2000系は順調に置き換えられていきました。土佐くろしお鉄道の2000系も同じく2700系によって置き換えられて、2020年にはすでに高徳線からも引退しています。そして今年のダイヤ改正で、ついに特急南風・しまんとで残っていた最後の便も運用が終了し、2000系は一つの区切りを迎えました。ですがまだ完全引退というわけではなく、特急あしずりや特急宇和海などでN2000系を含めて、台車などを更新してもう10年程度は使用すると公式で発表されており、第一線からは引いたもののまだまだ活躍が見込まれそうです。

岡山から2000系が消えて早2か月

世界初の振り子式気動車という称号を引っ提げて、日本どころか世界中の鉄道に影響を与えた生ける伝説、四国2000系。土讃線や予讃線で、できれば今後も末永く活躍してほしいものです。

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