熊本豪雨で被災してから一年経った肥薩線

2020年の7月に九州を含め日本各地を襲った令和二年7月豪雨は、肥薩線に並行する球磨川を氾濫させ、周辺地域に甚大な被害を及ぼしました。特に球磨川に沿った区間が多い肥薩線の人吉以北は壊滅的な被害をうけ、ほとんどの路盤や橋梁が流出してしまいました。そして今日、その被災から丸一年が経ちましたが、肥薩線を取り巻く状況はよくなるどころか悪くなる一方です。

実は被災するちょうど2週間前に完乗済み。危なかった…

SLと観光特急で食いつないでいた

かつて鹿児島本線として開業した肥薩線は、現在の海岸線沿いのルート、すなわち肥薩おれんじ鉄道線のルートが開業した時に鹿児島線から分離されて肥薩線と名乗り始めました。球磨川沿いの景勝と人吉以南の日本三大社葬にも数えられた三段スイッチバックと大畑ループ線もあって普通の利用者よりも観光で利用する人が多い路線です。被災前は九州新幹線からの上記のスポット目当てにやってくる観光客を輸送するために、キハ40系列気動車を改造した特急列車や、動ける蒸気機関車では日本最古の58654型蒸気機関車を使用したSL列車など多種多様な観光列車で賑わっていました。

吉松から隼人までの区間にも観光列車が

復旧は絶望的?全てを物語る代行タクシーの利用者数

観光利用はそこそこな肥薩線でしたが、定期利用はからっきしです。その閑散ぶりが今回の被災で明るみに出てしまいました。豪雨による球磨川氾濫で大打撃を受けた肥薩線は、八代方面へは後述の高速バスに任せてその間の駅とだけ代行輸送をすることにしましたが、告知したにもかかわらずなんと代行初日の利用者は0人でした。

9人乗りのジャンボタクシーを用意したにもかかわらずお客が全く乗らないので、4か月後に4人乗りのセダン型のタクシー(よく見るタイプのタクシー)に車両を変更する措置を取りますが、それでも結局利用者数は変わらなかったのでとうとう今月の一日に利用実態に合わせて当面の間減便することになりました。この代行タクシー車両・ダイヤ見直しは肥薩線がどれだけ利用者が少ないかを嫌というほど思い知らせてくれます。

都市間輸送はB&Sみやざき号で代替

さて、この区間の一番の稼ぎ頭である人吉ー八代間の都市間輸送はどうしているかというと、前からJR九州が走らせていた高速バス、B&Sみやざき号がその使命を担っています。というよりずっと前からこのバスの方が八代方面への最速ルートなので、観光列車利用はともかく普通に移動するなら人吉ICからのB&Sみやざき号のほうが本数、接続、利便性全てにおいて肥薩線のはるか先を行っています。唯一肥薩線がこのバスに勝てる事と言えば料金面くらいですが、人吉駅から人吉ICまでの一般バス料金を追加したとしても500円弱ほどの差で、しかも新八代で必ず新幹線と接続を取ってくれますので、もはや肥薩線の存在意義はないも同然、大枚(?)はたいてまで復旧させる必要性は限りなく低いです。

えびの方面に行くにもこのバスが最短

JR九州の厳しい見解

昨日の7月3日に、肥薩線被災一年を前にJR九州の社長が毎日新聞のインタビューに答えました。が、その回答はあまりにも辛辣で、なおかつ正直な回答をしています。

復旧というより、ほぼ新設なのでとても経費がかかる

今回の被災を受け、熊本県は球磨川流域にダム建設を予定しています。肥薩線の復旧もそれに合わせる形になりますが、ダムをつくる以上川の線形が多少なりとも変わるため、肥薩線は別のルートに変更する必要が生じます。さらに肥薩線自体が古い規格で建設されているため、いざ復旧するとなれば現代の規格に合わせなければいけません。まだ詳細な復旧費用は算出できていませんが、莫大な額になるという事は想像に難くありません。また、例え復旧するにしても5年から10年ほどの時間を要します。

ダムが出来ればこの光景も湖に沈む。
もっとちゃんと撮って

この路線が無くても物流、人流に大きな影響はない

そもそも本当に必要性があるならダム云々は抜きにして素早く復旧しているはずです。事実同じく熊本豪雨で被災した肥薩おれんじ鉄道はJRから転換したとはいえまだ貨物列車が走っているので、被災からわずか3か月で全線復旧を成し遂げました。そして人吉で接続するくま川鉄道も、沿線の学校への通学需要が高いことから上下分離という形になりますが今年の11月をめどに部分復旧へとこぎつけています。これら二路線が復旧にこぎつけたのは貨物やら旅客やらで何かしらの必要性があるからです。区間輸送がボロボロで、都市間輸送も高速バスにとられてるようじゃお世辞にも肥薩線に必要性があるとは思えません。

くま川鉄道は需要が多すぎてクロスシートがロングシートになるくらい

観光利用だけでは復旧は難しい

唯一の収入源にSL人吉やいさぶろう・しんぺいなどの観光利用がありますが、それだけでは復旧の理由にはなりません。極端な話観光列車は別の路線で走らせたとしても客が乗るので関係ないのです。どこで走らせても客が乗る観光列車の為に、莫大な投資をしてまで客が乗らない赤字路線を運営することはたとえ黒字企業だってやろうとはしません。JR九州の社長も一応観光列車の価値を認めてはいるものの、今回の件に限ってはゼロベースで検討する必要があると語っています。

実際福岡で走らせても好評だしね

おそらくこれでも社長なりに精一杯取り繕った結果だと思うのですが、現実があまりにも絶望的すぎてもはや鉄道での復旧を諦めたほうが肥薩線にとっていいのではないかとさえ思います。

日田彦山線が肥薩線の未来か、それとも…?

九州が鉄道での復旧をあきらめた例に日田彦山線があります。2017年の豪雨の際に添田から夜明駅までの区間が被災して以来、鉄道での復旧を模索していましたがこの区間は同線で一番の閑散区間という事もあり、地元住民の抵抗もむなしく、BRTとして復旧する方針が決定してしまいました。災害で不通になった鉄道路線をBRTとして復旧させるのは東北の大船渡線気仙沼線に続いて3例目です。

走らせてくれるだけありがたい

一応JR九州としては肥薩線を鉄道で復旧する方針ではあるものの、BRTや代替バスの可能性もありうると含みを残したコメントを発表しています。ですが肥薩線は観光列車がなければ上記の通りまったく乗客がいない赤字路線。鉄道よりもコストが少ないバス路線にしたところで状況は変わりません。それどころか柱の観光列車がなくなってしまうので下手をすれば鉄道時代よりも収支が悪化してしまう恐れがあるので、簡単にBRTにはできないでしょう。

肥薩線を取り巻く絶望的な状況は一貫して続いています。果たして同線は鉄道として無事復旧できるのでしょうか。(了)