記念すべき(?)第一回の路線は鶴見線です!なんで鶴見線?と思われる方も多いかもしれませんが、この鶴見線、実は2020年をもって開業90周年を迎えたのです!そんな鶴見線を今回は紹介して行きたいと思います。
(表の写真は扇町駅で撮影しました。)
鶴見線とは?
まずはじめに鶴見線がどんな路線なのか紹介していきましょう。一番の特徴としては全線あわせてもものすごく短いことですね。支線が2つもあるのにも関わらず全長9.7kmなんです。どのくらい短いかというと、この路線が通っている地区は名前の元になっている横浜市鶴見区と川崎市川崎区しかないんです。
もう一つの特徴としては、支線が多くある影響からか行き先が幹線並みに豊富なんです。鶴見、弁天橋、武蔵白石、浜川崎、扇町、海芝浦、大川のなんと7つも!なぜ文字色を変えたかというとそれぞれの行き先に色が付いているんです。これは行き先が多い鶴見線ならではの工夫ですね。
最後の特徴としては、鶴見駅のダイヤです。なにが特殊かは以下のリンクを見てみればすぐに分かるでしょう。
これを見ればわかるように、平日の7時台と8時台はそれぞれ11本づつも運行されていますが、日中は毎時3本しか運行されていません。朝は4分後に次の列車があるのに昼間は20分ごとにしかない。こんな路線、全国見てもなかなかありませんね。
こんな路線である鶴見線にも駅ナンバリングが付けられています。JIです。このI(アイ)、TURUMIの最後のIから来ています。さすが、地味な存在ですね(ごめんなさい)。
鶴見線の車両
鶴見線の車両はすべて205系1100番台(文字色は帯をイメージしました)を使用しています。この205系の国鉄型は南関東だとここと隣の南武支線にしか存在しません。ちなみに相模線にも205系はいますが鶴見線とは姿が全く違うJR時代のものです。
この205系は全編成の先頭車両が中間車からの改造です。そのため前面が明らかにJR東日本の車両となっています。また、中間車は大規模な改造はされていないため山手線時代のままの形式、つまり0番台となっています。
205系が導入される前は103系が2006年まで、その前は101系が1992年まで使用されていました。方向幕の色分けがなされたのは101系からだそうです。ただし、大川支線のみ違うのでそれについては後の大川支線の項目を御覧ください。大川支線は非常に珍しい車両が使われた過去があり、その車両は今でも大切に保存されています。
次は鶴見線の路線ごとの紹介をしていきます。
鶴見線本線
まずはじめに、鶴見線の本線について説明していきます。
この本線、鶴見駅(横浜市鶴見区)から扇町駅(川崎市川崎区)までを結んでいる、全長わずか7.0kmの路線です。このわずか7.0kmの路線の中に、10駅が存在し、そのうち終着駅は5駅(鶴見、弁天島、武蔵白石、浜川崎、扇町)存在し、乗換駅は4駅(鶴見、浅野、安善、浜川崎)も存在します。いや~、迷列車で行こうシリーズのネタにしたいぐらいですね。ちなみに、浜川崎駅までが複線で、浜川崎から先は単線並列(貨物用と旅客用)となっています。
なぜこの様になっているのでしょうか?それはこの鶴見線が1926年に鶴見臨海鉄道によって開業されたからなのです。私鉄が建設したから異様に駅間が短く複雑になっているのですね。
次に、各駅の名前の由来について紹介しましょう。この鶴見線、安善駅や浅野駅といった、変な名前が多いですよね。(長いので読み飛ばしてもいいですよ)
まず一駅目、国道駅から。じつはこの駅の名前、ここで京浜国道と交わっているから国道駅なんです。単純ですね。
次に、鶴見小野駅。地元の大地主、小野信行からとられた名前なんです。これから先、似たような由来の駅がもっと出てきますよ~。
弁天橋駅。近くにある橋の名前です。面白くないな()
浅野駅。これは、あの浅野財閥創設者かつ鶴見臨港鉄道の設立者である浅野総一郎から取られた名前です。
安善駅。はい、これも人名ですwこれは四大財閥の一つであった安田財閥の安田善次郎から来ています。これだけ名字と名前の頭文字を合わせたんですねw
武蔵白石駅。ああ、疲れてきたな。これは日本鋼管、今のJFEスチールの白石元治郎ですね。ちなみに、ここまで出てきた人たちの解説は全部Wikipediaに載ってます。
昭和駅。これは元号から直接とったわけじゃありません。近くに昭和肥料(後の昭和電工)の工場があったからこうなりました。
最後、扇町駅。これだけ一味違いますよ。これは浅野総一郎の浅野家の家紋が扇であることから来ています。似たようなもんじゃんw
なぜ鶴見線の駅名は、鶴見駅と浜川崎駅を除いてここまで適当なのでしょうか?それはこの土地が埋立地で元々地名がなかったからでしょう。駅名をつけるのって案外適当なんですね。
ちなみに、この本線にはJI01からJI10までの駅ナンバリングがつけられています。鶴見駅以外無人駅ですよ~。
海芝浦支線
つぎは、海芝浦支線です。
この路線は浅野駅(横浜市鶴見区)から海芝浦駅(横浜市鶴見区)までを結ぶ路線で、全列車が鶴見駅方面と直通しています。途中駅は新芝浦駅駅のみで全長わずか1.7kmしかありません。こんな路線ですが地味に新芝浦駅までは複線となっています。
この路線の特徴としてはなんと言っても終点の海芝浦駅です。残念ながら海芝浦駅に行ったことがないのでそこの写真はお見せできません…。駅の外すぐが東芝の敷地となっており駅構内から出られないのが第一の特徴です。ただ、駅に公園が隣接しているのでそこに行くことは可能なようです。
この2駅の駅名の由来は東芝の向上に隣接しているからだそうです。当時の東芝の名前は芝浦製作所でしたから、その「芝浦」から採用したのでしょう。
大川支線
さあさあ、皆さんお持ちかね大川支線のお時間です。この大川支線、武蔵白石駅(川崎市川崎区)から大川駅(川崎市川崎区)を結ぶ全長わずか1.0kmの超短い路線です。土日に一日数本しか来ない路線としても有名でしょう。筆者は武蔵白石駅を出たところで電車を目撃したので走って追いかけたところこんな写真が撮れましたw
鶴見線を軽く知っている人は今の説明に疑問を感じたかもしれません。「あれ?武蔵白石駅じゃなくて安善駅で分岐じゃないの?」実は違うんです。この支線は武蔵白石駅から出ているのですが大川支線直通の列車はすべて武蔵白石駅を通過するのです。これには深い理由があるんです。
先の車両紹介でも書いたとおり、大川支線は特別なんです。何がどう特別かって?それはクモハ12形がなんと民営化後の1996年まで使用されていたのです。クモハ12形という単語に聞き覚えがない方も多いかもしれません。それもそのハズ、このクモハ12形はなんと旧型国電なのです。旧型国電とは、戦前に製造されていたの電車と捉えていただければいいです。どう特別か分かったでしょう?このときまで使われていた2編成のうち1編成は今も大切に保存されているそうです。
このクモハ12形、なぜここまでこき使われていたかと言うとそれにはこの大川支線特有の問題がありました。大川支線の武蔵白石駅はホームが急カーブ上にあり、17mの旧型国電ないとホームに車体が擦れてしまうものとなっていました。そのため大川支線では本線で旧型国電が廃止されたあとも、暫く武蔵白石ー大川間往復という形で旧型国電が運用されていました。ただ、車両の老朽化に伴い武蔵白石駅のホームを廃止して20mの通常の車両を入線させることにしました。
これが今の大川支線武蔵白石駅全通過の理由です。
おっと、うっかり忘れそうになってしまいました。大川駅は何故大川駅という名前なのでしょうか?それは製紙王の大川平三郎からとられたそうです。ここも人名でしたねw
最後に
今回、初回であるのにもかかわらず鶴見線というマイナーな路線を取り上げてみました。ここまで読みにくく長ったらしい文章を最後まで読んでくれた皆様には感謝しかありません!ありがとうございます!そして、ここで最後に伝えたいのは皆さん是非ともこの魅力的な鶴見線に乗りに来てください!短い路線だから特に何も無いだろう、そう侮ってはいけない路線ですよ!調べれば調べるほど、乗れば乗るほど面白いこの鶴見線、一度乗りにきてみてはどうでしょうか?
以下は参考文献となります。